• スタッフブログ
  • インスタグラム
  • フェイスブック

家族

お客様からのメールをご紹介します。

お客様から、メールを頂きました。

ご紹介の了解は頂いてます。

この方は、購入のタイミングを悩みながらメールをくださいました。お母様の余命宣告のあと、自宅で看護をしながら、お看取りの準備に悩まれていました。

私からは「購入は6~7割の方がご生前です。ご逝去のタイミングですと、とても忙しくなりますので前もって用意される方も多いです。」とお伝えをいたしました。

その後、すぐにご購入いただいてます。

 

 

—お客様からのメール—-

少し前に購入させていただいた〇〇と、申します。

今秋、母は、旅立ちました。前もって購入していたので、すぐに、ドレスを着せてもらうことができました。

ドレスを着た母は、本当に美しかったです。

光に包まれて輝いてました。

訪問医の先生も、こんなのがあるのねと感動されてました。

Facebookで記事アップされてました。(笑)

エンジェルケアをしてくださった看護師さんも、美しいと絶賛してくれました。

訪問看護師さんの間で話題になってるみたいです。(笑)

葬儀屋さんからも、後からお礼のお手紙で眠れる森の美女みたいでしたとほめていただきました。

みんなから、きれいきれいと言われて、母の顔がほころんだような気がしました。

エンディングドレスを作っていただき、本当にありがとうございました。

おかげさまで、悔いなく母を旅立ちさせることができました。

〇〇〇〇

 

—主宰 杉下からの返事—

メールをありがとうございます。

~中略~

〇〇様がお母様の為に用意されたエンディングドレス。

とても美しくお似合いになっていたご様子が伺えて、胸が熱くなりました。

皆様の心の中にも美しいお母様がずっと残っていかれると思います。

お知らせくださいまして、ありがとうございます。

ブログも拝見いたしました。エンディングドレスのご紹介もいただいてありがとうございます。

~中略~

光の庭のHPもちょうどリニューアルをして、年内は情報の整理をしております。お客様の声、というところも作りました。そちらに掲載させていただきます。

急に秋が深まってまいりましたね。お疲れが出ませんように。

この度はありがとうございました。

 

—-お客様からの返信—

掲載の件 承知いたしました。

私も、早く購入することにためらいがありました。

でも、長く保存しても、大丈夫な材質で作られているという説明があったので、思いきって、購入いたしました。

亡くなってすぐに、着替えさせることができたので、身体も硬直しておらず、綺麗に着せることができました。

購入しておいて、よかったと心から思いました。

母は、食べ物が食べられなくなっていたので、骨と皮だけの細い細い身体でした。

「寝姿が、美しいようにデザインされた」と書いてあったように、ドレスを着たらふっくらとして、ふっくらとしたお袖のデザインが、とてもよかったです。

亡くなった時、ドレスを着た美しい母の姿が、目に焼き付いております。

家で亡くなったので、葬儀場に行くまで家で12時間くらいいました。

ドレスとベールの母は、本当に寝ているようでした。

最近は、納棺したときしか、顔に布をかけないみたいです。

納棺したあとは、顔が見られるように、ベールを取るので、

ベールで、髪の毛を隠すことができて、華やかになりました。

 

エンディングドレスを知らない人がたくさんおられます。

もっともっと広告して、必要とされているかたに、伝えてあげてください。

私の友人も私の話を聞いて、自分の母に着せたいと言ってましたよ。

私自身も、子供に頼んでいます(笑)

 

エンディングドレスを作っていただき、本当にありがとうございました。

〇〇〇〇

バターを塗る

ネットの記事の中に、産経新聞への投稿が紹介されていました。

産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』

「家族の為にバターを塗る」という行為が、幸せな家庭、家族を愛するご主人を感じさせて、たまらなくなった。

どこの家庭でも、日常の中の景色で必ずある行為が、突然無くなってしまう事。

何気ない事が とても大切だと、教えてもらったエッセイです。

2018416153316.jpg

 

 

 

バターを塗る

横浜に住む次男は盆と暮れには毎年家族と一緒に帰省してくれる。

わが家の朝食はパンときまっている。彼の奥さんや二人の娘が朝食を用意し、パンが焼けると息子の出番だ。

彼はホイホイとやってきて真剣な眼差まなざしで家族のためにバターを塗る。

夏の朝のあふれる光や、お正月の匂いのする暖かい台所、さんざめく若い人たちの息吹、そんな光景は私の人生の大切な一コマである。

今朝も私は朝食のトーストにバターを塗っている。

主人と二人でも広すぎた台所は、一人になった今ではもっとだだっぴろい。米寿を過ぎた主人は昨年道路で転倒して右半身をやられ自力では歩けなくなった。体調もすぐれず、いろいろあって先月から近くの介護専門のホームにお世話になっている。

私は“家での介護、もう少しがんばれたのではないか”と反芻はんすうしながらバターを塗る。

長男夫婦や介護関係の方々の助けを借りながらここまできたけれど、これが限界と私が入所を決断した。

手厚い介護を受け、穏やかな表情の主人を見るとこれでよかったのだとほっとする半面なんだか泣けてくる。

もう少しなんとかならなかったか、いや無理だったとバターナイフの先がにじんでみえる。そういえば元気だった頃、主人もパンにバターを塗ってくれた。丁寧に、惜しげもなくバターを塗ったパンの仕上がりは絶品だ。

何気ない日常がそこにあった。毎朝、私のすることは変わらないのに思いもよらぬ方向に人生は動いていく。

定まらぬ春の光の中で涙もろくなった私である。

大阪府 80歳