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エンディングドレス

母のドレスはハリウッドドレス<元旦に母を看取りました>

「光の庭」主宰の杉下です。

元旦に母を看取りました。その一週間後に行なった母のお別れの会の様子をお話しします。

 

最初の曲は「踊りあかそう」です。

映画マイフェアレディの中で、これからの人生にワクワクする気持ちを押さえられない主人公が歌い上げます。

楽しんでポジティブに人生を生きた母でした。これから音楽と思い出話のお別れの会が始まります。

そして最後の曲は映画オズの魔法使いの「虹のかなたへ」でした。新たな冒険に向かう歌です。

バイオリンとフルートで演奏する中、出棺しました。母はこれから40年ぶりに父に会いに新たな旅をするのです。

実家のお寺さんも遠く、嫁いだ私の住む横浜で最期を迎えたので火葬まではこちらですることになりました。いろいろと考えて公益社さんの日吉にある貸し切りに出来る会館で、親族だけでお別れの会をいたしました。宗教のセレモニーはありません。

お別れの会は「母の人生」がテーマです。母がいかに生きたのかをみんなで語り合い、想いを共有します。すでに成人している孫たちが知らない母の話を聴くよい機会だと思ったのです。

母は千葉の出身で、兄弟も関東に居ます。皆様も高齢です。横浜までなら来てもらえます。幼いころから娘時代の話をしてくれるでしょう。

 

1日目は納棺師の丸山さんが母にエンディングドレスを着つけてくれました。

母のために半年かけて作ったエンディングドレス。通称<ハリウッドドレス>です。

家族も丸山さんの誘導のもと布ブーツを履かせたり、袖のファスナーを留めたりと着付けを手伝います。

お看取りの時には眉間にシワが寄っていたお顔もエンバーミングで笑顔の母に戻っています。私の携帯にあった笑顔の写真を幾つも葬儀社の方に渡していました。痩せていた頬もふっくらとしています。顔色もきれいです。エンバーミングはすごい技術ですね。

最期のお化粧も肌の色や紅色も生前のままで驚きです。

「ああ、お母さん。きれいですよ」

エンディングドレスの母を棺に移します。お顔にベールをかけて美しさに磨きがかかります。斎場の真ん中にたくさんの花に囲まれて安置されます。そして、ぐるりと皆が座る椅子で囲まれます。翌日は皆で母を囲みます。そして今晩は兄家族と弟家族が斎場で一緒に泊まります。

エンバーミングをしている母なので、棺の蓋は閉めません。まるで眠れる森の美女の様に花に囲まれて寝ています。

母と同居して、13年が経っていました。父が他界し子供たちが独立して、そこから35年以上、独居で孤食だった母です。私が実家に通うのも頑張っても年に10回ほどで、アルツハイマーの発症、そして病の進行で信頼できるヘルパーさんに支えられた生活も限界でした。毎日様子がわかり一緒にご飯を食べる生活をしたいと横浜に来てもらいました。たくさんの方に支えられて、仕事も介護も夫と頑張った13年でした。千葉の母親や兄弟に会いに連れていったり日常も出来るだけさびしくない様にしていましたが、最後はコロナ過での病院と施設にお世話になりました。ほぼ面会もできず、母はアルツハイマーで状況が理解できない中、施設のスタッフさんに守られ、心強い介護が頼みの生活でした。最期は老衰で亡くなったので自分の手でドレスを着せることが出来たのは感謝しています。

 

このハリウッドドレスは、母の人生を表したエンディングドレスです。

横浜で同居してしばらく過ぎた頃、だいぶアルツハイマーの症状も進んできた母に聞きました。「私、お母さんが亡くなった時に着るドレスを作りたいんだけど、どんなドレスが良いかな?」そしたら、にっこり笑って「かわいいの!」

可愛いのね。なるほど。

でも母のドレスをデザインするのに、直ぐには取り掛かれません。時間をかけて考えます。私の頭の中には「母のドレス」という雲がフカフカと浮かんでいて、何かに触れるたびにそれが成長するというような時間を過ごします。ある日ちょっとした出来事で雲はモクモクと成長して、具体的なテーマを持ち、やがてデザイン作業に入る事になります。結構長くそのきっかけを探していました。

 

ある日「あれ~~?由美さんも鼻歌を歌うんですね。〇〇さん(弟)もですよ。一緒ですね」と言ったのは、弟のパートナーです。

母は歌いながら家事をしていました。いつも楽しそうに歌っています。鼻歌もいつもの事です。ああ、それが私たちに伝わっている。と気が付きました。

子供会を仕切っていた姉御肌の母。高校生の時は演劇部を創立しています。学生合唱団で青春を謳歌しています。そして、「風と共に去りぬ」「若草物語」「ローマの休日」等など、50年代のハリウッド映画をたくさん見ていた母。

私たちもそのころの映画がテレビ放送であると、一緒に観ていました。

ああそうか、母の人生はハリウッド映画の煌きの様だな。ハリウッド女優の様なドレスを作ってあげたい。とデザインテーマが決まりました。

そしてグレース・ケリーとエリザベス・テイラーのウエディングドレスは、バービー人形にもなった有名なドレス。このドレスをイメージソースにしよう。デザインのテーマは「ハリウッドドレス」最高級のレースと生地で作ります。

ロイヤルウエディングに使われるレースを見つけました。グレース・ケリーのウエディングドレスを彷彿とさせます。三十六匁の正絹を使います。どっしりとした厚手のシルクは内側からあふれる光沢で品格を高めます。オートクチュール刺繍のポーチ。上半身を覆うベール。職人が丁寧に縫う見事なドレスが出来上がりました。

「ハリウッドドレス」の完成です。

このドレスは「光の庭」の看板ドレスとして取材や展示会にたびたび登場しています。私の仕事もずっと応援してくれたドレスでした。

 

 

さて、お別れの会2日目の朝、3歳の孫が棺をのぞき込み「おばあちゃん、朝だよ。起きて。ねえ、朝だよ。」としきりに声をかけていたと聞きました。

花に囲まれた眠れる森の美女ですが、目覚めることはありません。自然な寝顔に見えたのですね。うれしいです。

 

お昼前に母の兄弟たちなど親族が集まります。公益社のスタッフさんが整えてくださった母の思い出の品が並ぶコーナーに足が向きます。

たくさん並べられた母の写真をみて、ひとしきり思い出を語ります。「この写真のポーズは外国の女優の真似でお気に入りのポーズだったよ」と叔父が教えてくれます。こちらはきっと新婚旅行で父が撮った写真でしょう。笑顔が恋する乙女です。横浜のディサービスの七夕では「美味しいものがたくさん食べられますように」と短冊に書いて笑っています。スケッチブックいっぱいの母が描いた絵を見て、そして母が講師をしていたニット作品も手に取ってみます。ここに母の過ごした時間が見えています。

 

軽く食事をして次に思い出を語るお別れの会が始まります。

開始の音楽はマイフェアレディ「踊りあかそう」で始まりました。バイオリンとフルートの生演奏をお願いしていました。なんとも胸に響く音色です。新しい世界にワクワクして踊りあかしたい気持ちを歌っています。母はいつでもどこでもワクワクと何かを始めていたように思います。

叔父がお転婆な子供の頃を話しています。孫たちは初めて聞く話もいっぱいあったでしょう。叔母が父と出会った恋模様を話してくれます。私も知らない話がイロイロと出てきてビックリです。親の恋愛の話はちょっと気恥ずかしいですね。ホントに父に愛されていたのね。

父は50歳で急逝しました。その頃もまだまだ母にベタぼれの父の様子を叔母が話します。ホントに逝くのが早すぎます。でもきっと、もうここに迎えに来ていて母と一緒にこの話を聴いているでしょう。

そして母のカラオケ18番「白いブランコ」を生演奏の中 たくさんの花を棺に入れて、父の写真を胸に抱いて最後の記念撮影をします。いよいよ出棺です。

映画オズの魔法使い「虹のかなたへ」(和訳)

虹の向こうのどこか空高くに
子守歌で聞いた国がある虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる

いつか星に願う
目覚めると僕は雲を見下ろし
悩み事はレモン飴みたいに溶けて
屋根の上へ溶け落ちていく
僕はそこへ行くんだ

虹の向こうのどこかに
青い鳥は飛ぶ
虹を超える鳥達
僕も飛んで行くよ

この演奏に送られて出棺しました。母はこの歌が大好きでした。

母の人生は、いつも前向きなエネルギーに満ちていたと思います。そして私たちを育んでくれました。

感謝を込めてエンディングドレスを贈りました。お見送りの皆様に美しい母を覚えてもらえてよかったです。

 

 

 

「大切な人を、いつも肌に感じていたい」 光り輝く遺骨ジュエリー『TOMONi』

【対談企画】 葬儀の世界のプロに聴く Vol.3

手元ご供養品の製造・販売企業 代表 石田賢孝さん

「対談企画」葬儀の世界のプロに聴く シリーズ一覧

 Professional Profile Vol. 3

株式会社WiTHART(ウィザート)

代表取締役 石田 賢孝(いしだけんこう)様

https://www.towani-tomoni.com/

ご葬儀の世界にはさまざまなプロがいて、信念や思いをもって、人生のお見送りに寄り添っていらっしゃいます。あまり触れる機会のない葬儀の世界のお話を、わたくし、杉下由美が各分野のプロにお話を伺う、「葬儀の世界のプロに聴く!」シリーズ。

3回目は、ご供養の世界を美しくとらえた品物を提供されている、株式会社WiTHART(ウィザート)代表 石田賢孝(いしだけんこう)さんです。メモリアルジュエリーやミニ骨壺などの手元供養品『TOMONi』をプロデュースされる石田さんに、グリーフケアやご供養に対する想いを伺いました。

 

「故人と「ともに」いたいという想い」を形に。美しいご供養品TOMONi

愛する家族を一番身近に感じられ、そして大きなグリーフケアにつながるものに、遺骨ジュエリーがあります。遺骨ジュエリーは、私のドレスを選んでくださる方も共感されている方が多いと思います。ご供養を「自分の求めるものできちんと整えたい」、という方にぜひご紹介したいと思い、青山一丁目にあるショールームにお伺いしました。

杉下

石田さんが展開されている供養の世界がとても美しく、以前からとても興味がありました。身に着けるジュエリーもそうですが、手元供養の小さな骨壺も美しいオブジェのようで、生活の空間で気持ちよく存在してくれます。ガラスを使った「光り墓」なども、温かい光に満ちていて、埋葬される故人でさえも気持ちいいのではと思ってしまいます。その中で、まずは遺骨ジュエリーを手掛けられたきっかけについて、伺ってもよろしいですか?

石田

きちんとお会いするのは、初めてですね。展示会で「光の庭」のドレスは見かけておりました。私自身は、異業種からこの世界に入っています。ある時期お世話になった会社のご縁で、メモリアルダイヤモンドの存在を知りました。メモリアルダイヤモンドは、主に頭髪で人工ダイヤモンドを作り出し、記念の宝飾品に仕上げるものです。日本では、ご遺骨と頭髪からタイヤモンドを作っています。そして、そこから故人を「ジュエリー」として身に着けていたいという、遺骨ジュエリーという世界を知り、新たな世界が目の前に開けました。

杉下

それで生まれたのが、石田さんが取り扱われている「TOMONi」ブランドのメモリアルジュエリーですね。

石田

そうです。TOMONiは「故人とともにいたいという想い」を形にする供養品のブランドで、ご遺骨を使ったジュエリーや、小さくて美しい骨壺を作っています。ジュエリーは18Kやプラチナがベースで、宝飾品としてのクオリティも高く、大切に身に着けていただけます。

 

3種類のメモリアルジュエリー

石田

TOMONiには、3つのカテゴリーのジュエリーブランドがあります。

まずひとつは、比較的皆さまにもおなじみの「TOMONiメモリアルダイヤモンド」です。ご遺骨や頭髪から抽出する炭素のみを使用して、愛する方だけがそこに存在する、唯一無二のダイヤモンドジュエリーに仕上げます。ダイヤモンドの色も均一ではなく、その方独自の色が出現します。

もうひとつが、天然サファイアにご遺骨を融合させる、「TOMONiメモリアルサファイア」です。ご遺骨(カルシュウム)と天然サファイアを融合させる世界初の特許技術により、硬度の高いサファイアジュエリーに仕上げていきます。ベースとなる天然サファイアには奇跡のブルーサファイア、優しさのピンクサファイアの2色があります。古くからサファイアは「天の宝石・空の宝石」と呼ばれて、誠意、真実、高潔を象徴する聖人の石として崇められてきました。

 

そして、3つ目は「TOMONiメモリアルジュエリー」です。微量のご遺骨またはご遺灰を樹脂と硬化し、その樹脂をリングやペンダントに包み込むように加工して仕上げます。

 

杉下

購入されるのは、個人様が多いのでしょうか?

 

石田

約7割が個人様からのご依頼で、ショールームへご来店またはインターネットを通じてお問い合わせをいただく場合がほとんどです。最近では、葬儀社様や石材店、仏具店様などからも、グリーフケアにつながるアイテムとして引き合いがあり、お取引先は広がっています。

 

胎児を亡くされたお母さんに寄り添うご供養品

杉下

石田さんのお話を伺っていて、この世に生を受けられなかった胎児も、遺骨ジュエリーになってお母さんのグリーフケアにつながるのではないかと思いました。

光の庭では、この秋に「抱っこできる胎児の棺」を発表しました。胎児のまま天に召されたお子様を抱きしめられるように、帽子を作る素材で作った柔らかいお棺です。デリケートな小さなご遺体を、そっと抱きしめられる棺なんです。姿は小さくても、火葬をしなくてはいけません。そのために棺が必要なのです。かつては、小さなご遺体が薬の空き箱に入れられて病院から渡されることもあったとのこと。その話が新聞記事になり、いろいろな方が小さなお棺を製作するようになりました。私もその記事に出会い、胸が痛くなりました。このお話を聞いてから5年ほど、ずっとずっと考えていて、やっと形にすることができました。

 

石田

わかります。お母さんの悲しみに寄り添うその発想が素晴らしいですね。素材にも形状にもこだわられて商品をデザインし、実際に制作されるとはお見事です。

杉下さんがお話しされたようなケースでのメモリアルジュエリーのご注文は、もちろんあります。ダイヤモンドにはある程度(150gほど)の量のご遺骨が必要ですが、メモリアルジュエリーなら、米粒一つのご遺骨があれば製作できます。ご遺骨を樹脂で固めて、それを指輪やペンダントの「お肌に触れる面」に埋め込みます。ほんのわずかなご遺骨でも、自分にとって大切な方の一部が肌に触れている、いつも一緒にいて肌に感じられることが、グリーフケアにつながるのではないでしょうか。

肌に触れ、存在を感じることがグリーフケアにつながる

杉下

故人の一部が自分の肌に触れて、常に存在を感じていられる…、「肌に触れている」ということがポイントですね。

素晴らしい。

石田

「肌に触れている」という感覚は、とても大切だと思うのです。そこまで大切に思う人だからこそ、いつも一緒にいたい。そのお気持ちに寄り添えるのが、どこに着けていっても違和感なく受け入れられるジュエリーだと思います。

遺骨カプセルや骨壺、ご位牌といったものですと、場所や状況によっては周りに気を使って「控えなければ」という意識が働くこともあるでしょう。普段使いのジュエリーであれば、そのような心配がなく、常に故人様と一緒にいられます。それが悲しみを癒やすことなればと思うのです。

杉下

石田さんが、ジュエリーを単に身に着けるアイテムとしてとらえているわけでなく、「肌に触れるもの」としてとらえていることに共感します。「触れる」というのは、私もとても大切なことだと感じています。触感は、記憶の中の大事なシーンにつながっています。

光の庭でも、手元供養のための小さな骨壺を作りました。四国は讃岐の漆塗り、手の中にすっぽり入る美しく小さな骨壺です。分骨されたご遺骨、お遺灰を入れて、いつも手に包み込んで供養できます。身近に置いて、ふと触れる。そして木製ですから、ご自身が旅立つときに一緒にお棺に入れられます。こちらは2022年冬に発売する予定です。

石田さんも、小さくて美しい骨壺も扱っていらっしゃいますね。

 

石田

はい。COCONiというブランドで、ほんの少しの遺骨を入れて、インテリアにフィットするオブジェのようにそばに置いていただける骨壺です。手元供養として、身近に置いていただけるように考えました。ガラスの骨壺には、ガラスの花を4輪お付けするタイプもあります。その日の気分に合わせて、また季節に合わせて、飾るお花を変えるという「あえて」のひと手間を狙っています。「あえて」アクションを起こす=故人に思いを寄せる時間を作り、お手元においてご供養していただきたいという願いを込めました。

生花をきれいに封入したものも とても人気があります。繊細なお花がそのままなので、驚かれますね。

 

ペットを亡くされた方に人気の高いご遺骨アクセサリー

杉下

ペットに対しても家族と同じ思いを持つ方が多いですよね。お問い合わせもたくさんあるのではないですか?

 

石田

その通りです。たくさんのお問い合わせをいただきます。当社は、ペット専門のご遺骨アクセサリーとして、「ISSHONY」というブランドを展開しています。人間用のTOMONiは宝飾品としての品質を重要視していますが、ペット用のISSHONYはシルバーや10Kを中心に、カジュアルな価格帯のアクセサリーやチャームが主体です。ペットロスを癒やすツールとして、こちらもとても大切なものだと思っています。

 

優しさ溢れる豊富なデザインとバリエーション

杉下

ジュエリーにしても、ペットのチャームにしても、バリエーションが多彩です。故人や愛するペットに思いをはせながら、デザインを選べることがうれしいですね。そして求める人に寄り添われたモノづくりをされています。

石田

リングやネックレス、ペンダントのデザインは、TOMONiが独自に考えてさまざまなバリエーションをご提案しています。その中でも、ダントツ人気がリング。約8割の方がリングをお求めになりますね。いずれも一つひとつ、ご注文をいただいてから心を込めて製作するもので、作り置きはありません。そのため少々お時間はいただきますが、リングはオーダー主様の指にフィットするよう、たとえば10号だときついけれど11号はゆるいという方には、10.5号サイズもお作りできる体制です。ご遺骨を埋め込んだジュエリーは、オーダー主様のお身体にすっとなじむ、オーダー主様だけのオンリーワン商品です。

 

杉下

ジュエリー専門店のように、修理やカスタマイズにも対応されていますか?

 

石田

承っています。リングに関しては1号までのサイズ変更は可能です。長く使っていただけます。

 

杉下

サファイアはブルーとピンクだけでしょうか? ダイヤモンドもカラーバリエーションがあるのですね。

石田

サファイアは天然のブルーサファイア、ピンクサファイアがベースになり、他の色はありません。ご遺骨のカルシウム量によってカラーの濃淡が若干変わります。

ダイヤモンドはご遺骨の炭素をベースに製作します。ご遺骨に含まれる炭素と元素によりカラーダイヤモンドも製作できます。

カラーは元素量により濃淡となり完成するまで判りませんが故人様のカラーと思っていただけます。

杉下

ダイヤモンドは炭素やその他の元素の量で、色も変えられるのですね!

幸せの証しとして西洋で発達したメモリアルジュエリー

石田

そうなんです。この技術は、欧米で発達しました。欧米ではメモリアルダイヤモンドの製作数が多く、この分野はとても発達しているんです。当社ではお客さまからお預かりしたご遺骨で、スイスで製作しております。

そこで炭素を抽出、ダイヤモンドルース(裸石)を造ります。その後、日本にルースを戻して日本の工房でジュエリーに加工します。

西洋のメモリアルダイヤモンドは、生誕、結婚などの人生の節目に作る記念品として定着していて、贈り物としてとても喜ばれます。生きているときに作りますから、「頭髪」から炭素を抽出します。骨ではないんですよ(笑)。日本では、メモリアルというとご供養のイメージがありますが、西洋ではもともと幸せに生きている証しとしての記念ジュエリーなのです。

杉下

え? そうなんですか? メモリアルジュエリーは、もともと生きているときに作るものだったのですね。それは知りませんでした。そもそもHappyなイメージをまとっているのですね。ステキなお話です。

私がエンディングドレスを作るきっかけも、故人の人生のストーリーが見える死装束で、思い出を幸せな気持ちで語れるようにしたいという想いでした。悲しみに暮れてお見送りするためのものではないのです。

個人的な話をさせていただくと、私は母のためのエンディングドレスを用意しています。ハリウッド女優がウエディングドレスとして着ていたような美しいドレスです。なんでハリウッドなのか、この話は語ると長くなってしまうのですが(笑)。母が昔憧れていたハリウッド女優のような衣装をまとってもらうことで、母との最期のときを、家族みんなで母を讃えて語ってHappyにとらえて見送りたいのです。

 

多様化する葬儀や供養に、美しい選択肢を提案したい

石田

杉下さんは、ご自身の想いをエンディングドレスという形にして、世の中に選択肢を提供されているのですね。当社のTOMONiも同じです。時代が変わり、人々が葬儀に求めるものも変わってきました。価値観が多様化しています。大切だと思うところもそれぞれ違うので、お金をかけるところも大きく変わってきています。今、業界は過渡期ですね。

杉下

はい、私も感じています。かつての葬儀はいろいろと大掛かりで、参列者の数や祭壇の立派さが求められました。それが立派な葬儀としてご葬家に求められていました。今は高齢化が進み、参列者も多くなく、かつてのような葬儀に価値を求める人は少なくなっています。ご葬家が、家族が納得できるお見送りが望まれています。その方法もさまざまで、選択肢も多くなってきました。

石田

葬儀、供養業界にある我々も、こうした変化の中でいかに故人に寄り添えるご提案ができるかが問われていると感じます。かつての常識も変わります。人々の価値観も多様化して、以前は受け入れられなかったガラス製のお墓(光る墓)や海洋散骨なども、一つのスタイルとして受け入れられています。そして、もっと多様化されていくでしょう。残された家族にとって、故人に対して「ここまでやったね」と納得できるような選択肢を提案したいですね。エンディングドレスやメモリアルジュエリーも、選択肢の一つとしてよりメジャーになっていくと思います。

杉下

同感です。ジュエリーもドレスも、残された方に寄り添うアイテムとして必要とされていくでしょう。私はこの業界のアイテムがあまりにも美しくないことが悲しくて、もっとエレガントなものがあってもいいじゃないかという想いが出発点です。「どうせ燃やすんだから」と、まるで服に書いてあるようなひどい死装束を見たのが一番最初のきっかけでした。その時の衝撃がずっと種火の様に私の中にあります。

ご遺族や残された方々に、グリーフケアにつながる美しいアイテムがあることを、もっともっと知っていただきたいですね。今はインターネットがあるのでだいぶ情報拡散もできます。あとは、よく「百貨店に行ったけれど、見つけられなかったのよ」と言われます。アイテムとしては、百貨店ではおなじみのドレスとジュエリーですもの。高齢者の方は、百貨店を信頼して探しに行かれるけど置いてないんです。百貨店の方々にこそ、是非注目してほしいのですが・・・。

 

石田

百貨店のお客さまに知っていただきたいという想いは私も昔からあるのですが、忌みごとととらえる傾向が強くて、まだ実現できません。エレガントな終活提案の一環として、挑戦してほしいものです。百貨店にはその力があるのに、もったいないですよね。

今回、杉下さんからこの対談のお話を伺った際にふと頭に浮かんだのは、7~8年前にフューネラルビジネスフェアで見たウエディングドレスのような美しい死装束でした。あのブースは葬儀の展示会の中ではとても印象に残りましたので、杉下さんがどのような思いでエンディングドレスを提案されているのか、興味がありました。お話ししていて、多様化する価値観をとらえる力には驚きました。胎児やペットにも思いを寄せられ、「死」の悲しみをどのように癒やそうとされているか、しかもそれを具現化して事業に落とし込まれているパワーに感動しています。

 

杉下

恐れ入ります。こちらこそ石田さんの想いに触れ、創造のエネルギーをいただきました。これからも美しくエレガントなアプローチで、業界を刺激していきましょう。本日はありがとうございました。

 

TOMONi  https://www.towani-tomoni.com/

ISSHONY https://isshony.com/

 

取材:2022年9月

文中敬称略

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お客様からのメールをご紹介します。

お客様から、メールを頂きました。

ご紹介の了解は頂いてます。

この方は、購入のタイミングを悩みながらメールをくださいました。お母様の余命宣告のあと、自宅で看護をしながら、お看取りの準備に悩まれていました。

私からは「購入は6~7割の方がご生前です。ご逝去のタイミングですと、とても忙しくなりますので前もって用意される方も多いです。」とお伝えをいたしました。

その後、すぐにご購入いただいてます。

 

 

—お客様からのメール—-

少し前に購入させていただいた〇〇と、申します。

今秋、母は、旅立ちました。前もって購入していたので、すぐに、ドレスを着せてもらうことができました。

ドレスを着た母は、本当に美しかったです。

光に包まれて輝いてました。

訪問医の先生も、こんなのがあるのねと感動されてました。

Facebookで記事アップされてました。(笑)

エンジェルケアをしてくださった看護師さんも、美しいと絶賛してくれました。

訪問看護師さんの間で話題になってるみたいです。(笑)

葬儀屋さんからも、後からお礼のお手紙で眠れる森の美女みたいでしたとほめていただきました。

みんなから、きれいきれいと言われて、母の顔がほころんだような気がしました。

エンディングドレスを作っていただき、本当にありがとうございました。

おかげさまで、悔いなく母を旅立ちさせることができました。

〇〇〇〇

 

—主宰 杉下からの返事—

メールをありがとうございます。

~中略~

〇〇様がお母様の為に用意されたエンディングドレス。

とても美しくお似合いになっていたご様子が伺えて、胸が熱くなりました。

皆様の心の中にも美しいお母様がずっと残っていかれると思います。

お知らせくださいまして、ありがとうございます。

ブログも拝見いたしました。エンディングドレスのご紹介もいただいてありがとうございます。

~中略~

光の庭のHPもちょうどリニューアルをして、年内は情報の整理をしております。お客様の声、というところも作りました。そちらに掲載させていただきます。

急に秋が深まってまいりましたね。お疲れが出ませんように。

この度はありがとうございました。

 

—-お客様からの返信—

掲載の件 承知いたしました。

私も、早く購入することにためらいがありました。

でも、長く保存しても、大丈夫な材質で作られているという説明があったので、思いきって、購入いたしました。

亡くなってすぐに、着替えさせることができたので、身体も硬直しておらず、綺麗に着せることができました。

購入しておいて、よかったと心から思いました。

母は、食べ物が食べられなくなっていたので、骨と皮だけの細い細い身体でした。

「寝姿が、美しいようにデザインされた」と書いてあったように、ドレスを着たらふっくらとして、ふっくらとしたお袖のデザインが、とてもよかったです。

亡くなった時、ドレスを着た美しい母の姿が、目に焼き付いております。

家で亡くなったので、葬儀場に行くまで家で12時間くらいいました。

ドレスとベールの母は、本当に寝ているようでした。

最近は、納棺したときしか、顔に布をかけないみたいです。

納棺したあとは、顔が見られるように、ベールを取るので、

ベールで、髪の毛を隠すことができて、華やかになりました。

 

エンディングドレスを知らない人がたくさんおられます。

もっともっと広告して、必要とされているかたに、伝えてあげてください。

私の友人も私の話を聞いて、自分の母に着せたいと言ってましたよ。

私自身も、子供に頼んでいます(笑)

 

エンディングドレスを作っていただき、本当にありがとうございました。

〇〇〇〇